ご周知のとおり(?)、oranjeでは自由研究をしていて、
自由な研究とはいえ、あくまでも”研究”ですので、
小学生だろうが容赦なく科学の手続きにはきちんとのっとってもらいます。
(まぁ↑の字面ほどシビアな雰囲気はないですが。)
まぁきちんとするところはきちんとしようね、ということ。
で、科学というと、
世間では、ひとしきり「再現性、再現性」というのが叫ばれるイメージがあります。
きっと数年前、
小〇〇〇子さんの「STAP細胞はあります!」騒動で
「再現性」という言葉がしきりに使われたからではないでしょうか。
(違うかな?グーグルトレンドで「再現性」っと…Googleトレンド、ポチポチ)
あ、やっぱり。たぶんそうね。
(みんなの検索トレンドが大体一致してる…笑)
これは良くも悪くも、
日本中が”科学”の営みに興味をもった騒動でした。
この後しばらく
「科学って再現性を確認すればいいのね」
という認識が広まります(のような気がする)。
もうみんな大合唱ですよ。
まぁそれはそれでいいんですが、
問題は”どのように”再現性を確立するか、ということです。
ここで小学生(4年生以上なので、理科歴2年以上)たちとの実験に返ってくるわけですが、
どうやら彼ら「どうやって再現性を確立するか」はわからないようです。
つまり、まずまず第一段階としての、
「やったことを漏れなくきちんと記録すること」
そして、それを
「データとして整理し、まとめること」
がけっこう難しそうで、「イチから教えないといけない」状況。
(それがイヤだって言ってんじゃないですよ?)
ちなみに、「学校で実験してデータとか取らないの?」と尋ねると、
「用意してあるのを混ぜるだけやでー。全然自由にできんし。」と。
やったことなけりゃしかたないよね。
私のときもそうでしたが、こりゃなんとも…。
というわけで。
まずは、きちんと記録しようよ。
それは別に特別高度なことじゃなくて、
今日食べたものをぜーーーーーんぶ書き出してみる、とか
今日しゃべった友達の名前をぜーーーーーんいん書き出してみる、とか
今日見つけた赤いものをぜーーーーーんぶその都度書き留めとく、とか
そんなことで充分だったりする。
ステップは小さいところから。ね。
そしたら、実験の精度も上がって、
「再現性」の話しにも自然となるから。ね。
それが教育の科学との関わり方かと思います。
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